【Book】半径10mの人間の本性が一番怖い 「悪の教典 上・下巻/貴志祐介」

ホラー映画は見ると眠れなくなるので、仕事の場合を除いては絶対に見ないと心に強く誓っています。

(どうしても記事を書かなくてはならないため、試写室で映画『着信アリ』を観たとき。
ラストのドアの覗き穴を見るところで、もう絶対に何かいるのがわかっているのに耐え切れず、目をつぶってしまったことをここに告白します……)

もちろん、おばけ屋敷の類にも絶対に行きません。

そんな私ですが、ホラー小説はたまーに読みます。もちろん、評判が良いものだけです。
怖いもの見たさ、という言葉がありますが、そんなものは見たくはない。でも、良質なエンタテインメントは楽しみたいわけです。

これまで読んだなかでの日本発のホラー小説での私的BEST1は「黒い家」。
日本家屋で繰り広げられる殺戮シーンは、犯人像とともにかなりショッキングでした。部屋にホラー小説があるのも怖い私が、唯一持ち続けている小説です。

その「黒い家」の作者、貴志祐介さんの「悪の教典」は、ハードカバーで上下巻というかなりのボリューム。持ち歩くのはちょっと厳しいけれども、電車移動のタイミングで少しずつ前進。さすがに最後のヤマ場は止めることができず、夢に見そう…と思いながら寝る前に読み、ようやく読了。

悪の教典上.jpg悪の教典下.jpg

以下、一部上巻での設定を書いているネタばれもあります。未読の方が読んでも大丈夫な程度に書いていますが、まっさらな気持ちで読みたい方はパスしてください。

「黒い家」では保険の営業マンである主人公が仕事で各家庭を回るなかで出会う殺人鬼でしたが、今回の舞台は学校という大きな密室。主人公は、殺人鬼である教師・蓮水聖司(32)。

英語教師なのに、MBAホルダーという異例の経歴を持つ男は、進学校で2年のクラス担任をし、生徒はもちろん、教師の間でも信任厚い人物。
しかし、その行動のすべては、自分の手中ですべてをコントロールするための布石。自分の進む先に立ちはだかる者がいれば、その相手を殺すことをためらいません。もちろん、その殺人は、巧妙な手口を使い、自殺や事故死であるかのように仕向け、自らの身に疑いが降りかかることはないのです。
しかし、その殺人は、次の殺人を呼び……

私がこれまで読んだホラー小説を含むすべての小説のなかで、戦争関連のものを除いて、作中に登場する犠牲者の数が最も多い作品だと思われます。
過去に殺された人も含めると……膨大な数の人が殺されてしまいます。

あまりの数なのですが、それぞれのキャラクターがしっかり描かれているので、薄っぺらなゲーム感覚ではなく、非常に生々しい。
人が殺されるのだから当たり前のこと。でも残念ながら、「死」をボタン1つで終わってしまうゲームのように扱っている作品が増えています。ゲームのように殺戮を繰り返す蓮水の姿は、そんな現代像の一面なのかもしれません。

そんなことを感じて読了した日の夜、ニュースでは刃物を持ち歩き、「女の子を殺したかった」というような言葉を言い放つ通り魔の高校生の報道を目にしました。

私たちは自由な世界にいるけれども、犯人となる人物も同じ世界にいて、教室ほどの日常ではなくとも、ある瞬間には半径10m以内にいる可能性がある。
そのなかに入るか入らないかを、運にまかせたくない。そんな恐怖は、小説のなかだけで十分。

「悪の教典」の公式ホームページでは、第1章が丸ごとダウンロードで読めるという太っ腹っぷり。
これも、作品の誘引力に自信があるからできる技ですね。

悪の教典1.jpg上下巻が1冊になった廉価版の単行本も発売されましたが、これも669ページとかなり分厚いです。

【これまでにアップした本・雑誌・漫画に関するトピックス】
●【Book】アレックスと私/アイリーン・M・ペパーバーグ(2011.07.22 Friday)
●【Book】シューマンの指 /奥泉 光(2011.05.29 Sunday)
●男の頭の中にはセックス以外は何があるのか?英国のベストセラー「What Every Man Thinks About Apart From Sex」の中身は…(2011.03.10)
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●【Book】四十路越え!/湯山玲子(2011.01.19 Wednesday)
●【漫画】義弟と変装した自分が恋人という新しい設定にドキドキする「ライアー×ライアー」/金田一 蓮十郎(2010.12.15 Wednesday)



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