昨今のビジネス誌のキーワードの1つが、「将来AIに仕事を奪われる」。これは危機感を煽った表現で、正しくいうならば、AIでちゃちゃっと済む仕事は割り振ってしまうということなのであって、奪われるではなく、置き換えるということが真なのではと思っています。
これを現時点で普通になっていることを考えると、電話交換手の仕事を奪ったのは電話網、求人情報誌は求人サイト、パソコンじゃなきゃだったものの多くがスマートフォン…。挙げだすときりがありませんね。
私もいくつかAIツールは活用していて、一番便利だなと感じているのはテープおこし。以前ならば自分でまた聞き直して、入力して、とやっていたのが、音声データを変換するだけでテキストデータに変身。もちろん、完璧ではないけれど、何分ごろにどんな話をしていたのかはわかるので、その部分だけ呼び出せてライター稼業としてはメリットを感じています。
こちらの小説は、そんなAIツールを裁判官が活用するとどうなるのか?という未来について描いた超近未来ミステリー。筆者は超多作の中山七里先生。小学館の文芸誌「STORYBOX」での連載を終了→即書籍化した本作の出版は2024年2月14日だから、私にしては比較的新しい小説を読んだわけです。まぁ、これもAudibleにもスピーディに配信されたおかげでもあるのですが。もっぱら移動中や作業中に聞いているAudible、困ったことにミステリーだとついつい続きが気になってしまい…(以下略)で反省中でもあるのですが、学生時代ぶりぐらいにミステリー沼におぼれまくっています。
<あらすじ>
東京地方裁判所の新人裁判官・高遠寺円は、日々の業務に忙殺されていた。公判、証人尋問、証拠や鑑定書の読み込み、判例等の抽出、判決文作成と徹夜が続く。東京高裁総括判事の寺脇に呼び出された円は、ある任務を命じられる。中国から提供された「AI裁判官」を検証するというものだ。〈法神2〉と名付けられたその筐体に過去の裁判記録を入力する。果たして、〈法神〉が一瞬で作成した判決文は、裁判官が苦労して書き上げたものと遜色なく、判決もまた、全く同じものだった。業務の目覚ましい効率化は、全国の裁判官の福音となった。しかし円は〈法神〉の導入に懐疑的だった。周囲が絶賛すればするほどAI裁判官に対する警戒心が増す。そんなある日、円は18歳少年が父親を刺殺した事件を担当することになる。年齢、犯行様態から判断の難しい裁判が予想された。裁判長の檜葉は、公判前に〈法神〉にシミュレートさせるという。データを入力し、出力された判決は――「死刑」。ついに、その審理が始まる。罪は、数値化できるのか。裁判官の英知と経験はデータ化できるのか。連載、即緊急出版! 目前に迫るあり得る未来に、人間としての倫理と本質を問う法廷ミステリー。
ミステリーのトリックには限界があります。そこに多作であるのは、社会情勢や新しい感覚を持ったキャラクターなど現代的な要素を盛りこむことで新しいミステリーを構築する。中山七里先生はその名手。
今回はAIという新しい道具にどう向き合っていくか、という話。その道具を使って自分の欲を満たすことに利用する人、未知の道具すぎて信用できない人、そもそも楽に仕事をすることに罪悪感を感じる人…裁判という法にのっとりながらも個々の判断が結果人の生死までも決めてしまう場を舞台に、最新技術の裏にあるトリックから社会批判も織り込んだ流れはちょっと勧善懲悪の時代劇っぽくもある展開。
ネタバレになるので引用はしませんが、登場人物が得る「気づき」は、AIというお道具に向き合うなかで私も心に留めておくべきと教えてもらったようで、心地いい読後感でした。