溝口映画に出演しなかった意外な理由も明かした 笠智衆「俳優になろうか」【ブックカバーチャレンジ 映画編2日目】

俳優が本を出すのは多いものの、昨今は過去の作品について語るものが少なくて寂しい限り。やはりいろいろ難しいのでしょうか? 今回は俳優本コレクションのなかから、1冊をピックアップしました。

 

 

映画を好きになり、日本の過去の名作を遡ったときに避けて通れないのが黒澤明・小津安二郎。もちろんほかにも素晴らしい監督はいるものの、とくに海外の友人と話すとアニメ以外の日本の現代の作品は知らないけれど、この2人の作品は何かしら観たことがあるといわれます。

この文庫は、小津安二郎映画に多数出演した俳優・笠智衆さんが自分の生まれから大部屋俳優を経て、戦前・戦後の映画界で活躍した交遊録を振り返った語り下ろしをまとめたものです。オリジナルは現在でも続いている日本経済新聞の連載「私の履歴書」のためで、現在ではなかなかない全30回分に少し加えて書籍化。文庫の初版は1992年でした。

熊本県のお寺の息子だった笠さんが上京し、無声映画時代の松竹キネマの俳優養成所に入ります。

この時代については映画「キネマの天地」でも描かれていて、笠さん自身も出演。この作品についても、出演者の中で当時の状況を知っているのは自分だけだったと振り返っています。

そこから大部屋俳優としての下積み10年を経て、小津安二郎作品の常連に。演じる役柄そのままに朴訥とし、浄土真宗の「他力本願」を体現するように求められるままに出会った監督や俳優、文筆家などとの交流録も楽し。

 

なかでも、小津安二郎作品には欠かせない人だった一方で、同時代に活躍した溝口作品に出演しなかった話は短いですが意外な理由が語られています。出演依頼がなかったわけではなく、幾度もあったし、小津先生にも話は通されていた。戦争で疎開していたから、などの物理的な理由もあれば、時代劇もので笠さんが「鬘(かつら)が嫌だったから」なんていう意外な理由も。確かに、笠さんの鬘姿…記憶にないですね。大部屋時代ぐらい?

 

俳優本をいくつか読んでいて思うのが、そもそも好きな俳優のものしか買っていないのですが、多くの監督に一緒に仕事をしたいと選ばれる人は、自分にとって譲れないものが必ずある。流されているように見せて、実は違う。ゆらゆら揺れているように見せかけても、芯は必ずある。

これまた電子書籍にはなく、文庫も絶版なので古書のみですがまだ手に入ります。

 

 



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