人は何のために生きるのかを問い続ける 太田愛「犯罪者」【Book/Audible】

コロナ禍という小休止で、これまで遠のいていたものを見直す機会を得ました。

その1つが、読書。いや、読んでいないわけではないのですが、とくにフリーランスのエディター・ライターになったことで取材ジャンルが増え、その資料や関連映像をインプットするのに追われて、自分の趣味から遠のいていました。

コロナ禍によりradikoを使ってラジオを聞くようになり、2022年後半からは加入したまま忘れていたAudibleを忘れていた分のもとを取るように聞き始めています。

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2023年に入り、私にとってAudibleと相性がいいのはミステリー小説だという結論にいたり、週に2~3冊ペースで読んでいます。おもに寝る前、家事の途中、移動中ですが、テレビを見なくなった分の時間が費やされています。

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今回新たに読んだもののなかからおすすめしたいのが、「TRICK2」「相棒」など人気ドラマの脚本家として活躍する太田愛さんの処女作『犯罪者』です。

 

初版の発行は、2017年。文庫で上下巻という長編ですが、読者を引き付ける波がいくつもあるので全くたるむ気配なし。1つ指摘するとすれば、テレビドラマの脚本家が小説という形にしたからなのかもしれませんが、事象が起きたあとの「余韻」やその周辺の人の心情まで事細かに描写するので、どうしても長くなりがち。ハリウッド的な編集ではバシバシカットされてしまう書き込みが多いので、ジェットコースター的に周囲の景色が見えないスタイルでの小説が好きな人には冗長に感じられるでしょう。まぁ、こういう方は海外ミステリーはもっとおすすめできないのですが。

 

あらすじ

白昼の駅前広場で老若男女5人が殺傷される通り魔事件が発生した。犯人はフルフェイスのヘルメットをかぶり、黒いコートを着た男。その後、犯人の男は駅ビルのトイレで薬物中毒死しているのが見つかる。

犯人に襲われながらも唯一人助かった青年 修司は、治療後の病院の待合室で突然やってきた男から「逃げろ。あと10日生き延びれば助かる」と警告される。その後、自宅で待ち構えていた男に襲撃され、それが駅前で襲ってきたのと同一人物だと気づく。

なぜ自分は執拗に命を狙われるのか。危機的な状況を救ってくれた刑事・相馬と相馬の友人である元テレビマンの鑓水と3人で、暗殺者に追われながら事件の真相を追う。そこで明らかになってきたのは、駅前にいた5人は意図を持って集められていたこと、そしてある企業の汚職とのかかわりだった。

 

映像が浮かぶ群像劇ミステリー

19歳で補導歴のある修司に本流から外れてしまった一匹狼の刑事・相馬は35歳ぐらい、5年ぶりに連絡がきた友達につきあって調査に関わる元テレビマンの鑓水。この3人が軸となり、正体不明の敵を探していくのですが、刺客として執拗に襲ってくる相手は、生身の人間だけどターミネーター級の強さ。当初は修司だけが狙われていたはずが、日本を舞台にしているとは思えないほどに「正体に気付いた相手はこの世から消去する」スタンスで恐ろしいのです。

命を狙う相手からの逃避行の緊迫感と、謎解き、だまし・だまされのコン・ゲーム、期限付きの作戦の遂行など、エンタテインメントの要素がぎゅぎゅっと全部入りのミステリー小説でした。

 

生と死の分岐ラインで踏ん張る強さを持つ

物語はしょせん絵空事ですが、そこから学べることも多い。事実よりも必要な部分のみ濃厚に抽出されたエッセンスを飲んだ結果、残ったのは「生きるってどこまでいっても選択で、そのライン上に常にいるんだな」ってことでした。

私たちは生きているなかで毎日選択の連続です。選んでいるつもりはなくても、例えば駅までの通る道から、その道の左右どちらを歩くか、信号を先に渡るかそのもう1つ先で渡るか…常に選択をしています。そのなかで、不幸な出来事に遭遇してしまうこともあり、それが結果として一生の傷になったり、ときには命を失うことにもつながるかもしれません。

でも、その選択が生と死の分岐ラインであったならば、過酷な条件付きの生であっても獲得できたときに、そこからどう生きるのかということが重要。この作中のキーとなっている1つが、汚染された食品を食べたことにより顔の半分を失ってしまう幼児とその母親たちです。主人公ではないのに彼らに向けられる世間の言葉や彼らが抱く心情を本流でもないのにこれでもか、これでもかと筆を走らせる作者の意図は、死ぬまで終わらないその人の人生というドラマを生き抜く過酷さとそのたくましさを伝えています。

 

 

 



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