【Book】民間人から見た戦国絵巻もどろっどろ。権力者と戦況に翻弄される芸術バトルを生き抜いた絵師を描き出した『等伯』(上・下)/安部龍太郎

法事で石川県の祖母宅に行く前に読み終えているはずが、現地から帰る時点でまだ上巻の1/3という状況だったのですが、ようやく読了。

日本経済新聞朝刊に連載されていた時代小説「等伯」上下巻です。

等伯上_安部龍太郎.jpg

上下巻を読むのは、「悪の経典」以来。
体力もいるし、面白くないと途中で浮気をしたくなるところですが、この1/3を超えたところからもう怒涛の展開。

長谷川信春こと、のちの長谷川等伯は、加賀国の七尾に暮らす絵仏師。しかし、兄が畠山氏の再興を狙った事件に巻き込まれ、絵仏師としての師匠でもあった義父母を殺され、一族から里を追われます。
人の出会いに巻き込まれ、助けられ、騙され、時には戦いながら、筆を踊らせる様。

有名な「松林図」(表紙にも描かれている松を対の屏風に描いた等伯壮年の代表作)の境地に達するまでに等伯が出会った織田信長、豊臣秀吉、千利休、近衛前久、石田三成・・・
多くの戦国時代を舞台にした小説とは違う、次々と権力者が変わることに翻弄される、民間人からの視点。
私がこれまで読んできたこの時代の小説が、複数の人物を俯瞰したものか、武将とその一族側からの視点のものだったので、徹底的に長谷川信春(等伯)という一般人の一人称で群雄割拠の時代を読むのも興味深かったです。

なかでも、狩野永徳とのさまざまな形でのバトルは小説ならではの面白さがあります。
私は日本画の流派などにはからっきしなのですが、狩野と名の付く著名な絵師が数多く存在し、狩野派のスタイルは絢爛豪華なもの・・・ぐらいの知識はあります。

その狩野派でも若くして注目された狩野永徳のキャラクターが下世話ですが、人の「欲」を垂れ流した人物として描かれているところ。これも、長谷川等伯から見える姿なので、刻刻と変化していくのですが、もう意地悪ババア的ないじめの手を使い、クラスのボスのような集団行動も出すなど、あの手この手で等伯とその弟子たちを追い詰めていきます。

皮肉なことに、等伯を排除しようとしていた狩野永徳の作品は織田信長の安土城や豊臣秀吉の聚楽第、大坂城などの内装のために描かれていたため多くが現存しません。永徳自身も、47歳の脂が乗った時期に他界しています。
一方、等伯の作品は身を隠すために滞在した寺へのお礼のために描いた作品も多く、戦火を免れて現在も作品に出会うことができます。等伯自身も、2人の妻と息子に先立たれながらも、70代まで生きたようです。

安土桃山時代から江戸初期まで生き抜き、作品を残し続けた等伯。戦国小説としてはもちろん、美術史小説としても面白く読めるので、大作ですがぜひ読んでほしい作品です。

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